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T堡塁跡
2010.04.05
超久しぶりな気がする…
この度車上荒しにあってしまいナビ一式とデジカメ一式を盗まれてしまいました…
なので今後は不定期ですが少しづつ更新させて頂こうと思います。

今回は某山頂にある廃墟です。
実はここ2回目だったり…
一度目は全く下調べせずに来て即迷子になり3時間ほど山道を彷徨うというアホなことをしてしまいました。
今回は道順をバッチリメモしてきたので大丈夫…なはず

登り始めて10分程にある湧き水
この山は至る所で湧き水が出てるようです。
ちなみに飲むのは水質が不安定なのでやめておいた方がよろしいかと


途中にある案内看板
山道はずっと同じ風景なのでこういうのを見ると本当に安心します。
この辺りは登山道が多く目的地に辿りつくにはかなり苦労すると思われます。
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歩くひたすら歩く
きつい・・・マジできつい・・・
すいません登山マジナメてました。
でも今回は水持ってきてよかった
下調べした情報にはない分かれ道がたくさんありその度に彷徨いながら進みます。
分かれ道以外にも土砂崩れ、倒木、落石が行く手を塞ぎます。
「本当にこの道であってんの?!」と思いたくなるような険しい道のり…
一人だと余計に不安になります
落ち葉とかで足元滑らせたら一溜まりもないでしょう
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そして登り始めて80分ほど…
「?!」
やっと辿り着きました。
下調べでは40~50分で到着するらしいのに…

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これは素晴らしい…
地元にこんな物があるなんて
現在この場所は広場となっており地元の人らによって整備されているようです

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辺りは桜ちょうどが満開でした
苦労して登ってきた甲斐もあってすごく幻想的な景色に見えました

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廃墟×桜…
あまりない組み合わせですね。それもまた美しい。
この場所は明治時代初期にS要塞の一つとして作られましたが一度も使われることはありませんでした。
明治末には廃止になったようですね
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8つある倉庫の中でここだけが破壊されてます。
ちなみに堡塁とは「敵の攻撃を防ぐために、石・土砂・コンクリートなどで構築された陣地のことを言う」らしいです。
100年以上も前の戦争遺跡がほぼそのまま残ってるなんて凄すぎる

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8つの倉庫の裏手にもいくつか施設があります。
途中でテンションあがりすぎてカメラの三脚壊しちゃいました…あはは

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石垣でガッチリ作られてますね。
実際に砲座も作られてたようですがさすがに撤去されてます

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再び戻ってきて倉庫内部へ
すべての倉庫が繋がってます。
ネットで見た友ヶ島と同じような景色で感動しました
天井からは雨水?湧き水?がポツポツと雫を打ってました
なので床は水浸しです。
倉庫の地面の下は空洞のような気がしましたが気のせいかも

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写真では見にくいとは思われますが長年の水の雫によって
至る所に鍾乳石ができてます
それだけ長年、時を重ねて行ったのでしょう

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壁のレンガの具合がいい感じです
こんな山の上にこれだけの堡塁を作るのは相当の労力が必要でしょう

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倉庫内部まで植物が侵食してます
生命は逞しい

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広場から
この辺りの景色が一望できます
たしかこっちは東側なはず

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そんなこんなで日も落ちてきたので撤収ー
帰りも同じ道下るのを考えると少し憂鬱になる…


今回偶然にも桜も奇麗に咲いておりとても充実した探索ができました
この場所は一応広場として開放されているので花見に利用するのもいいかもしれませんね
辿り着くまですっごい大変だけど・・・



レポ@さっつ
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大久野島
2009.12.13
ご無沙汰してました、団員Aでございます。
前回に引き続き、軍事遺構です。


今回は、広島県「大久野島」に残る遺構です。


この島には、いくつかの顔があります。

ひとつは、ファミリーからお年寄りまで休暇を楽しむ「レジャーの島」

そして





たくさんの野生のウサギが生息する「ウサギの島」



しかし、一番有名なのは、かつての日本陸軍が毒ガスを研究・製造していた「毒ガス島」の名でしょう。


まずは、その毒ガス製造に使う大電力を発電していた、発電所跡。
夏になって周りの植物も緑に色付くのも見物です。



まず入って圧倒されるのは、その空間の広大さ。



天井が高い。




ここの見所は、まずなんといっても、窓。



鉄の格子が、空間を切り取り、様々に見せてくれます。






レトロさ満点です。







壁一面にずらっと並ぶ窓も綺麗で素敵です。







もう一つの魅力は、天井の構造。




整然と張り巡らされた骨格、美を感じます。




この場所は、毒ガス製造の痕跡など微塵も感じられませんでした。





ここで造られていた毒ガスは、「イペリット」「ルイサイト」というもので、皮膚をただれさせたり呼吸器を冒すものでした。
それらは、硫黄や塩素など、金属をダメにする原料を使っていたこともあり、製造工程には陶器が使われたといいます。



製造過程の陶器や詳しい歴史、毒ガスによる症状などは、島内の「毒ガス資料館」で見ることができます。



また、島内には、製造した毒ガスを保管していた「毒ガス貯蔵庫」跡もあります。




壁が真っ黒なのは、米軍が毒ガスを処分する際、火炎放射で処分したからだそうです。




大きなタンクが置かれていたであろう台座





廃墟と、ウサギ




かつて「地図から消された」この島で、ウサギたちは今日も元気に走り回ることでしょう。






photo & text : 団員A


K造船所跡
2009.11.28
今回ご紹介するのは、軍事遺構




造船所の遺構です





天井にぽかりと開いた円と




そこから差し込む天然のスポットライトで有名なこの物件は




かつて、悪名高い特攻兵器




人間魚雷「回天」を製造していたといわれています






そんないわくのある、造船所跡ですが




さすがは軍事施設ということもあって




多少の崩壊はあるものの




戦後数十年という時間を経た現在でもしっかりと建ち






植物たちの楽園と化しています















この穴は何のための穴だったのでしょう、換気かな





ジサツ兵器を造っていたとは微塵も思わせない美しさ




それはもしかすると、悲しいことかもしれません





遠い海に散った若者たちの記憶


それを訪れた人たちの心に刻むためにこそ、ここは存在し続けているのでしょうから…



photo & text : 団員A
友ヶ島砲台跡
2009.11.26
今回からしばらく、軍事遺構が続きます…


淡路島と和歌山県加太港の中間に位置する「友ヶ島」

大小4つの島からなるこの島には



かつて旧日本軍の大砲が設置されていました




現在では、その台座や弾薬庫の跡を見ることができます




この砲台は、由良要塞の1地区として明治時代に建造され



淡路島の由良地区に造られた大砲と共に



第二次大戦終了まで、大阪湾の守りとしての役目を負ってきましたが




幸いにして、実戦に挑むことなく一生を終えました







ここから発射された砲弾は、まわりの樹木を飛び越え



弾道を描きながら、着弾したことでしょう



この島には、複数の砲台のほかにも、その着弾を観測する観測所もありました



砲台は、レンガ造り




その下には、弾薬庫のほか




連絡通路が迷路のように通っています




まさに、「要塞」です






いちばん倒壊が激しい第二砲台



その様子は、私に“世界の終わり”を想起させました








壊れていても、美しい




壊れているからこそ、美しい




そんな退廃美を体現したような場所でした


photo & text : 団員A

数少ない福岡県の廃墟
有名な産業遺産系廃墟があるので行ってきました
天神から40分ほどバスで行った所にそれはあります

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グーグルマップで大体の場所しか調べてませんがすぐ見つかりました
遠い・・・しかしデカイ
ってかイオンがでかすぎる

歩いて20分ほどで到着しました
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デカイよマジデカイよ
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もっと近くで見たかったのですがフェンスに阻まれていますね

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全長50メートル以上・・・
巨大なコンクリートの塊が地下数百メートルから石炭を採掘してたそうです
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重要文化財だけあってかなり保存状態がいいです
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ここに来るまで福岡が炭鉱の町だったことをずっと忘れてました
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ここから地下帝国に繋がってるのか・・・(中はコンクリで埋められてました)
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横の公園とは不釣合いな建物
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近くにある廃線跡(廃駅)です
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近所の人たちの休憩所になってるようです
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ここ志免炭鉱竪坑櫓は志免町が保存してるので
容易に見ることができます
こういった町が保存して後の世代へ残そうという取り組みは大変素晴らしいと思います
場所は少々不便な所にありますが夜にはライトアップもされるそうです
福岡県で20年以上過ごしてきた自分ですが自分が住んでた県に対する価値観が変わったような気がします



レポ@さっつ